商品詳細
|
大刀剣市 カタログ掲載品 |
|||||||||||||
|
剣 宮入行平作 昭和五十一年八月吉日 (人間国宝) Katana [Miyairi Yukihira]
|
|||||||||||||
|
特別保存刀剣
重要無形文化財保持者 (人間国宝) Tokubetsu Hozon Paper
National Treasure |
No. F00323
|
||||||||||||
|
(附) 銀磨地金鍍金龍虎図剣拵
白鞘 金着一重鎺 (附) 共箱 - 宮入昭平筆 |
2,800,000 | ||||||||||||
|
刃長 : 23.6cm(7寸8分) 反り : 無し 元幅 : 2.3cm 元重 : 0.75cm |
登録証: 長野教育委員会昭和51年10月12日 |
||||||||||||
|
鑑定書: (公)日本美術刀剣保存協会特別保存刀剣鑑定書 令和8年6月3日 |
||||||||||||
|
|||||||||||||
|
|||||||||||||
|
|||||||||||||
|
説明: 宮入行平刀匠は、本名を宮入堅一といい、大正2年3月17日、長野県埴科郡坂城町に父豊吉の長男として代々の鍛冶屋の家に生まれる。14歳の頃より、家業の農具や刃物作りに従事し、作刀への憧れを強くする。昭和7年、群馬県沼田の鉈作りの名人:星野銀光へ一年間弟子入りする。昭和12年、東京市赤坂区氷川町の日本刀鍛錬伝習所(栗原彦三郎昭秀所長)に入門、作刀の修行を始める。その間、新作日本刀展覧会、陸軍軍刀展で多くの賞を受賞する。昭和20年、軍刀制作に従事するも空襲の激しい東京では仕事にならず坂城に帰り作刀する。昭和27年、師栗原彦三郎の呼びかけに応じ、講和記念刀を制作する。昭和28年、美術刀剣の製作が許され作刀が可能になり、文化財保護委員会より製作承認を受ける。昭和30年、(公)日本美術刀剣保存協会の作刀技術発表会で特賞を受賞し、以後、34年まで連続して受賞する。35年、無鑑査となる。昭和38年、50歳の時に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。昭和48年、ミヨ子夫人の病気回復祈願と作刀の心機一転を期して、「昭平」の刀匠銘を「行平」と改める。昭和52年、64歳で逝去。指導者としても、宮入清宗氏、高橋次平氏、大久保和平氏、渡邊繁平氏、河内国平氏、藤安将平氏、上林恒平氏などの多くの優秀な刀匠を育成し、宮入一門の名を高いものとしている。 本作は、形状は両鎬造、元幅尋常に、先に行ってさまで頭の張らない美しい姿となる。地鉄は、小板目肌錬れてつみ、わずかに柾ごころがあり、地沸微塵に厚くつき、地景入り、精美な肌合いとなる。刃文は、中直刃、わずかにのたれごころを帯び、匂深く、小沸よくつき、砂流し細かにかかり、匂口明るく、帽子は直ぐに焼詰め、先佩きかけるなど優れたの出来映えである。 宮入刀匠が晩年に「昭平」銘から「行平」銘へ改名した63歳の作品にあたり、「行平」銘は僅かに五年間しかみられず、数が少なく貴重といえ、翌52年には64歳で逝去している。宮入刀匠としては珍しい剣の作例であるが、地刃ともに静謐な趣のある優品である。 附帯する銀磨地金鍍金龍虎図剣拵は宮入刀匠の長女の宮入鏡師の作で、銀地に龍虎や瑞雲などを刻し、金鍍金を施したもので作品とよく調和している。 |
|||||||||||||
|
備考: 昭和38年 重要無形文化財保持者に認定。(人間国宝) 宮入昭平刀匠自筆の共箱が附帯している。 「剣 一口」 「昭和五十一年十月 宮入昭平(落款)」
宮入鏡 箱書 「剣之拵 一口」 「昭和五十二年十一月 宮入鏡(落款)」
|
|||||||||||||






