大刀剣市 カタログ掲載品
吉岡一文字

第52回重要刀剣 NBTHK Jyuyo Paper No.52

No. A00119

白鞘  金着二重ハバキ

     参 考 品

刃長 : 68.3cm  (2尺2寸5分) 反り :1.35cm  (4分半)

元幅 : 3.2cm 先幅 : 2.5cm 元重 : 0.5cm 先重 : 0.5cm

登録証

埼玉県教育委員会

平成17年01月24日

: 備前国 (岡山県-南東部)

時代 : 鎌倉時代後期 元徳頃 1329-1330年頃

鑑定書

(公)日本美術刀剣保存協会

重要刀剣指定書

平成18年10月12日

(無銘) 吉岡一文字

形状

 

刃文

 

帽子

鎬造、三ツ棟、身幅広く、元先の幅差殆ど目立たず、身幅に比して鎬幅幾分広く、鎬高め、重ねやや薄く、反り浅くつき、大鋒。

板目、処々流れ、地沸つき、乱れ映り立つ。

丁子主調に小丁子・互の目・尖りごころの刃など交じり、部分的に大丁子を交え、足・葉入り、匂勝ちとなり、金筋・砂流し細かにかかり、処々玉状の飛焼交じる。

乱れ込み、先小さく尖って返る。

大磨上、先栗尻、鑢目切り、目釘孔三中二埋、無銘。

説明

鎌倉時代の備前物の最も大きな流れは、一文字と長船の両派であり、一文字派は以後南北長期にかけて福岡・吉岡・岩戸などの地に繁栄し、多くの良工が輩出した。この派が一文字と呼称される所以は、茎に「一」の字をきることに因るが、銘は「一」の字のみのものと、他に「一」の字の下にさらに個銘を加えるもの、また個銘だけのものもある。吉岡一文字派は、福岡一文字派に次いで鎌倉時代末期から南北長期にかけて繁栄した。一派の代表工には助光・助吉・助茂・助次・助義などがいて「助」を通字としており、作風は福岡一文字の名残がある大模様の乱れのものも稀に見られるが、一般には、乱れの中に互の目が目立ち、やや小出来となるものが通例である。

この刀は、板目が処々流れ、肌だった鍛えに地沸がつき、乱れ映りが立ち、刃文は丁子主調に小丁子・互の目・尖りごころの刃等が交じり、足・葉が入り、匂勝ちで、金筋・砂流しが細かにかかり、処々玉状の飛焼を交えるなどの出来口をあらわしている。上記の作域と幅広・大鋒の大柄な体配より、鎌倉時代末期乃至南北長期の吉岡一文字派の作と鑑せられるもので、同派の見どころをよく表示している。部分的に房の大きな丁子を交えて、焼に幾分高低が見られ、比較的華やかな乱れを展開し、優れた出来映えを示しており、加えて手持ちが重く、頑健に保たれている点も称揚される。

また、研磨が画像でもおわかるいただける様に、現代の一般的な手法である「刃取り研ぎ」ではなく、旧来の手法である「差し込み研ぎ」により研磨されている。備前伝で、特に刀そのものに力のあるものは「刃取り研ぎ」より も「差し込み研ぎ」の方が刀本来の刃文がよく映えると一般にいわれている。本作も華麗な丁子乱れが「差し込み研ぎ」によって、より一層の迫力あるものとなっている。

<差し込み拭いについて>

 

刀剣の研磨方法において、研ぎの最後の行程で、刃艶を刃にも地にも丹念につかい白くした後、地にあまり硬くない地艶をかけて、少し青みをつける。そのあと、対馬砥や本山砥をナイフで軽く削り、その粉末だけ、あるいは磁鉄鉱の粉末を混ぜたものを油でとき、拭いを入れたまま、後刃を取らないでおく方法をいう。昔は、「秋水仕上げ」ともいった。明治以前は、すべて差し込み拭いで、地鉄がありのままに出て、映りも鮮明に出る。大慶直胤の専属研師だった安達定十郎成直は、差し込み拭いの名人といわれ、その高弟:石川周八は大正まで、それを守り通したが、その後は時流に合わず、現在、差し込み拭いを行う研師は少なくなっている。

 

備考

古刀 上々作。

上研磨済み(差し込み研ぎ)。

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