商品詳細

刀 肥州藤原住出田作(伝同田貫)

Katana [Dodanuki Ideta]
特別保存刀剣
NBTHK Tokubetsu Hozon Paper
No. A00694
白鞘 田野辺探山先生鞘書
金着一重鎺
2,450,000

刃長 : 72.1cm(2尺3寸8分) 反り : 2.4cm(7分半) 

元幅 : 3.3cm 先幅 : 2.1cm 元重 : 0.75cm 先重 : 0.5cm 

登録証:

大阪府教育委員会
令和7年3月11日
国: 肥後国 (熊本県)
時代: 室町時代後期 天正頃 1573-1593年頃

鑑定書:

(公)日本美術刀剣保存協会
特別保存刀剣鑑定書
令和8年2月16 日
銘: 肥州藤原住出田作
形状 : 鎬造、庵棟、身幅広く・重ね厚く、元先の幅差ややつき、先反り高くつき、中鋒延びごころとなる。
鍛 : 板目に杢目を交え、肌立ちごころとなり、地沸微塵に厚くつき、地景入る。
刃文 : 直刃調に浅くのたれ、互の目・小互の目、島刃など交じり、足・葉盛んに入り、地沸厚くつき、処々飛焼かかり、刃縁総体に沸ほつれ、金筋・砂流し細かにかかり、棟をさかんに焼く。
帽子 : 直ぐ調にのたれて小丸に長めに返り、先さかんに掃きかける。
彫物 : (なし)
茎 : 生ぶ、先栗尻、鑢目勝手さがり、目釘孔一。

説明:

肥後同田貫派は室町末期から桃山時代にかけて活躍した九州を代表する刀工一派で、加藤清正に抱えられ、実戦に適した堅牢な刀剣を数多く鍛えたことで知られる。一門には信賀、正国、上野介、又八、兵部、左馬介、源左衛門、右衛門、堅国らの刀工がいる。その作風は身幅広く、重ね厚く、平肉の豊かな豪壮で頑丈な造り込みを特徴とし、特に二尺以上の大身槍を得意とした。鎬造りの刀のほか、大振りの薙刀も数多く製作している一方、平造りの脇差や一尺以下の槍などは比較的少ない。

同田貫出田(いでた)は銘鑑漏れの刀工である。出田という地名は現在の熊本県菊池市出田に残り、古くは肥後国菊池郡出田村にあたり、同田貫派の発祥地とされる稗方と同じ菊池郡に属していた。

同田貫派のなかでも比較的時代の上がる清国らには「肥州住藤原某」と銘する作例があり、本作の出田も「肥州藤原住出田作」と、語順こそ異なるものの、「肥州」「藤原」「住」を用いた銘文の構成に共通性が認められる。このことから、出田は同田貫派の比較的初期にあたる天正頃の刀工であったと推察される。

なお、本作の銘文は、本来「肥州住藤原出田作」と切るべきところを「肥州藤原住出田作」と「住藤原」を「藤原住」と誤って切銘したものと考えられ、銘文の形式に不慣れであった可能性もある。こうした銘文の誤謬は室町時代の作例にもまま見受けられ時代的にも大らかさがあったのであろうか微笑ましく感じられる。
本作は、手持ちがズシリと重く感じられ、身幅が一段と広く、重ねが厚く、元先の幅差がややあり、先反りが高くつき、中鋒が延びごころとなるなど豪壮なる姿を呈する。地鉄は、板目に杢目を交え、やや大肌となり、肌立ちごころとなり、地沸微塵に厚くつき、地景入り、鉄色が黒みがかるといった強い鍛えをみせる。直刃調に浅くのたれ、互の目・小互の目、島刃など交じり、足・葉盛んに入り、地沸厚くつき、処々飛焼かかり、刃縁総体に沸ほつれ、金筋・砂流し細かにかかり、棟をさかんに焼くといった同田貫派の特徴をよくあらわした優品となっている。

備考:

田野辺探山先生鞘書

「肥州住藤原出田作 八字有銘蓋し銘文に藤原住とあるは住藤原の誤謬ならん幅広で手持ち重き剛健なる体配を呈し板目の肌立つ地鉄に直調に浅く湾れ互の目・飛焼・島刃を交へる刃文を焼き盛んに沸付き砂流かかり帽子は沸崩れて火焔風となり更に棟焼も見せるなど放胆の自在の態を示し同田貫派の典型的な優品也加へて同工作稀有而貴珍哉

刃長二尺三寸八分時年乙巳坤月探山識(花押)」

 

古研ぎのために、細かなヒケやスレがみられます。

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