商品詳細
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刀 於東武固山宗兵衛宗次作之 天保九年二月一日 (新々刀上々作) Katana [Koyama Sobee Munetsugu]
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特別保存刀剣 NBTHK Tokubetsu Hozon Paper
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No. A00690
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| 白鞘 金着一重鎺 | 2,450,000 | ||||||||||||
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刃長 : 71.8cm(2尺3寸7分) 反り : 1.7cm(6分) 元幅 : 2.9cm 先幅 : 2.1cm 元重 : 0.75cm 先重 : 0.5cm |
登録証: 北海道教育委員会昭和45年1月19日 |
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鑑定書: (公)日本美術刀剣保存協会特別保存刀剣鑑定書 令和7年12月1日 |
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説明: 固山宗次は、享保3年、奥州白河に生まれ、俗名を宗兵衛(惣兵衛)といい、一専斎・精良斎と号し、兄に宗平・宗俊がいる。宗次の師は加藤綱英と伝えられているが、その作風から勘案すれば、むしろ加藤綱俊の影響力が大きいものと思われる。初めは白河松平家の抱え工であったが、藩が勢州桑名へ移封後は、江戸に住して桑名藩工として作刀した。その居住地は麻布永坂という。弘化2年に備前介を受領している。宗次の作刀期間は文政の後半から明治初年の頃までに亘っており、その遺例も非常に多く、作風は一貫して備前伝であり、よくつんだ鍛えに、匂い勝ち丁子乱れを焼いて成功している。 本作は、刃文は匂口の明るい匂勝ちの丁子乱れを焼いており、新々刀らしく匂幅がほぼ均一で足が太く長く入った出来口を示している。宗次の天保8年(1837)頃から天保10年(1839)前後の作品には、一文字写しと目される作柄のものがよく見られ、それらは身幅尋常かやや細身で反りが深めにつき、鋒もやや延びた程度の太刀風の姿という、本作では顕著ではないが概して板目の肌立つものも多いことも指摘される。そしてこの手は常よりも出入りを見せて丁子の房が大きく、匂口も深くなる特徴があり、加えて丁子の形や大きさに微妙な変化をつけるため、一見すると一定の間隔(本作は約3寸3分ごと)で同じ刃形のパターンを繰り返すいつもの型押し状が発見しづらいことがある。しかし、仔細に観察すれば、やはり乱れの出入りや並んでいる個数などが、一定のリズムで繰り返されていることが確認できる。 |
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備考: 新々刀 上々作
古研ぎのため、処々に細かいヒケ、擦れ、薄サビなどがみられます。 |
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