商品詳細

短刀 宮入昭平作

昭和甲辰年春 (人間国宝)

Tanto [Miyairi Shohei]
保存刀剣
重要無形文化財保持者 (人間国宝)
NBTHK Hozon Paper
National Treasure
No. A00685
白鞘 金着二重鎺 1,600,000

刃長 : 24.2cm(8寸弱) 反り : 内反り 

元幅 : 2.3cm 元重 : 0.5cm

登録証:

長野県教育委員会
昭和39年8月22 日
国: 長野県
時代: 現代 昭和39年 1964年

鑑定書:

銘: 宮入昭平作
昭和甲辰年春
形状 : 平造、三ツ棟、身幅尋常、重ねやや厚く、内反りとなる。
鍛 : 板目よく練れ、少しく杢交じり、処々柾がかり、肌立ちごころに、地沸微塵につき、地景太く繁く入り、冴える。
刃文 : 小のたれ調、互の目・小互の目交じり、足入り、匂深く、沸厚くよくつき、金筋小さく入り、砂流しさかんにかかり、明るく冴える。
帽子 : 乱れ込み小丸に返り、先掃きかける。
彫物 : (なし)
茎 : 生ぶ、先栗尻、鑢目勝手下がり、目釘孔一。

説明:

宮入昭平刀匠は、本名を宮入堅一といい、大正2年、長野県埴科郡坂城町に生まれる。代々鍛冶を業とする家に育ち、若年より農具や刃物作りに従事しながら、作刀への志を深めた。昭和7年には群馬県沼田の鉈作りの名人:星野銀光に学び、昭和12年、東京赤坂の日本刀鍛錬伝習所に入門して、栗原彦三郎昭秀のもとで本格的に作刀修行を始める。

戦前・戦中には新作日本刀展覧会や陸軍軍刀展で受賞を重ね、戦後は美術刀剣製作の再開とともに文化財保護委員会より作刀承認を受けた。昭和30年より日本美術刀剣保存協会の作刀技術発表会で特賞を受賞し、昭和35年に無鑑査、昭和38年には50歳で重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定される。

作風は古名刀への深い研究に基づき、地刃ともに明るく冴え、品格のある出来口を示す。とくに相州伝、備前伝などを踏まえた作に優れ、鍛えはよくつみ、刃中には働きが豊かにあらわれる。昭和48年には心機一転を期して刀匠銘を「昭平」から「行平」へと改めた。

また、宮入昭平は優れた作刀家であると同時に、指導者としても大きな足跡を残した。宮入清宗、高橋次平、大久保和平、渡邊繁平、河内国平、藤安将平、上林恒平など多くの刀匠を育て、現代刀壇における宮入一門の礎を築いた名工である。
本作の昭和39年は、宮入昭平刀匠が51歳の年にあたり、前年の昭和38年には重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定されている。その翌年に鍛えられた本作は、刀匠としての評価が頂点に達し、技量も円熟の域にあった時期の一口であろう。
本作の形状は平造、三ツ棟。身幅は尋常、重ねはやや厚く、内反りとなる。鍛えは板目肌よく練れ、少しく杢を交え、処々柾がかり、肌立ちごころとなり、地沸微塵につき、地景太く繁く入って冴える。刃文は小のたれ調に互の目・小互の目を交え、足よく入り、匂深く、沸厚くよくつき、金筋小さく入り、砂流し幾重にもさかんにかかり、明るく冴える。帽子は乱れ込んで小丸に返り、先掃き掛ける。
その姿と出来口には、古作:志津三郎兼氏による名物:稲葉志津を想起させる相州伝風の趣がうかがえる。鍛えは一段と強く、地沸が微塵に厚くつき、地景が太く入るところは、一見して越中則重を思わせるものがある。また、刃文に互の目が連れて変化するさまは、相州正宗の名物:日向正宗にも通じるところがあり、全体としては稲葉志津に近似した作域を示している。刃中の強い沸が刃肌に絡み、複雑な景色を織りなすところは、宮入昭平刀匠による相州伝の真骨頂といえるであろう。

備考:

人間国宝

 

古研ぎのため、上部にヒケ、全体の刃先に小さな点状の薄サビがみられます。

詳細写真1
詳細写真2
詳細写真3
詳細写真4
詳細写真5