商品詳細

刀 泰龍斎宗寛造之

慶応二年五月日 (新々刀上作)

Katana [Tairyusai Soukan]
特別保存刀剣
NBTHK Tokubetsu Hozon Paper
No. A00641
白鞘 金着一重鎺 1,700,000

刃長 : 71.4cm(2尺3寸5分強) 反り : 1.6cm(5分) 

元幅 : 3.15cm 先幅 : 2.4cm 元重 : 0.75cm 先重 : 0.55cm 

登録証:

茨城県教育委員会
昭和31年9月21日
国: 武蔵国 (東京都・埼玉県・神奈川-東部)
時代: 江戸時代後期 慶応2年 1866年

鑑定書:

(公)日本美術刀剣保存協会
特別保存刀剣鑑定書
令和4年3月2日
銘: 泰龍斎宗寛造之
慶応二年五月日
形状 :

鎬造、三ツ棟、身幅やや広めに、重ね厚く、元先の幅差少なく、反り浅くつき、中鋒延びる。

鍛 : 小板目肌よくつみ、整美な肌合いとなり、地沸細かにつき、地景入る。
刃文 : 頭の揃った小互の目を連れて焼き、足よく入り、匂本位わずかに小沸つき、砂流しかかり、明るく冴える。
帽子 : 乱込み小丸に返り、先掃きかける。
彫物 : (なし)
茎 : 生ぶ、先栗尻、鑢目筋違に化粧つく、目釘孔一。

説明:

泰龍斎宗寛は、文政初年に、大野平蔵の子として奥州白川城下に生まれた。鍛刀の師は固山宗次である。彼の作刀は、天保の末年頃から始まるが、その後の作品に、阿武隈川宗寛と銘するものがあって、生まれ故郷の阿武隈川を姓として用いている。彼が泰龍斎と称したのは安政元年頃からで、江戸での住まいは深川箱崎であり、嘉永初年頃から下総国古河藩の抱え工となったようである。彼は刀身彫も得意であり、師のよき協力者であったろう。銘は初め本刀のように楷書体できるが、安政三年の冬頃から四年にかけて隷書体に改めている。明治に入っても作刀しているが、廃刀令以後は見られない。明治十六年一月二十三日に歿している。

 本作は、形状は、鎬造、三ツ棟、身幅やや広めに、重ね厚く、元先の幅差少なく、反り浅くつき、中鋒延びる。地鉄は、小板目肌よくつみ、整美な肌合いとなり、地沸細かにつき、地景入る。頭の揃った小互の目を連れて焼き、足よく入り、匂本位わずかに小沸つき、砂流しかかり、明るく冴え、帽子は、乱込み小丸に返り、先掃きかけるといった優れた出来口を示している。手持ちがズシリと重く健体であることが窺い知られ、最上の研磨が施されていることも好ましい。

備考:

新々刀 上作

 

最上研磨済み

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