商品詳細

刀 俊秀謹作(堀井俊秀)

昭和十六辛巳年秋吉日

Katana [Horii Toshihide]
保存刀剣
NBTHK Hozon Paper
No. A00527
白鞘 銀無垢二重鎺

刃長 : 70.8cm(2尺3寸3分強) 反り : 1.8cm(6分) 

元幅 : 3.2cm 先幅 : 2.2cm 元重 : 0.75cm 先重 : 0.55cm 

 

登録証:

東京都教育委員会
平成30年7月21日
国: 北海道
時代: 現代 昭和16年 1941年

鑑定書:

(公)日本美術刀剣保存協会
保存刀剣鑑定書
平成30年12月10日
銘: 俊秀謹作(堀井俊秀)
昭和十六辛巳年秋吉日
形状 : 鎬造、庵棟、身幅尋常にて、重ね厚く、元先の幅差ややあり、先反りつき、中鋒となる。
鍛 : 小板目肌よく錬れてつみ、、地沸つき、地景入り、鉄に潤いが感ぜられる。
刃文 : 互の目に丁子、少しく尖り刃交じり、足入り、匂主調にわずかに小沸つき、砂流し細かにかかる。
帽子 : 直ぐ調に小さく乱れて小丸に返り、先掃きかける。
彫物 : 表裏に棒樋を丸留する。
茎 : 生ぶ、先栗尻、鑢目大筋違に化粧つく、目釘孔一。

説明:

堀井俊秀は、明治19年、滋賀県滋賀郡下坂本村で徳田広吉の三男として生まれ、本名を徳田兼吉という。明治34年、二代:堀井胤明門人である松田胤勝より農鍛冶を修行。明治37年、19才の時に二代:堀井胤明に入門し、鍛刀を学び、明治44年、その勤勉さを見込まれ、女婿となり、「兼明」と初銘を銘す。大正2年、刀剣保存会(羽沢文庫)より水心子正秀の「秀」の一字を贈られ「秀明」と改め、また、昭和9年、皇太子御生誕となり、「明仁親王」と命名されると「明」の字を用いることは憚り多いことと考え「俊秀」と改める。大正7年、北海道室蘭の日本製鋼所室蘭製作所・瑞泉鍛刀所に入社し、鍛刀研究に従事する。大正12年、二代:堀井胤明亡き後は、堀井家三代目として瑞泉鍛刀所を継ぎ、優れた技術と卓越した人格者であったことから一門に繁栄をもたらす。昭和17年、宮内省より元帥刀十振の製作を命ぜられ、死を賭して謹作するも完成半ばにして、翌昭和18年、58才で永眠する。法名を龍渕軒瑞泉俊禿日兼居士、墓は大津市石山寺辺町西蓮寺にある。

日本刀展覧会へ自作の刀剣を出品し、総理、陸軍、文部省の各大臣賞を受けるなど、多くの栄誉を得る。昭和2年頃より日本海海戦の旗艦:三笠の砲身を材料として製作した記念刀などもある。また、俊秀の作品は、刃味が優れていることは当時から有名となっている。

本作は、よく錬れて鍛えられた見事な地鉄に俊秀の得意とした丁子刃を焼いており、当時の刀工中第一等の堀井俊秀の技量の高さが窺い知れる優品である。

備考:

聖代刀匠位列、最高位・神品の列・最上大業物 取締役格筆頭

国工称号授与刀工

 

古研ぎの為、処々の刃先にわずかな薄錆があります

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