近江大掾忠広

保存刀剣 NBTHK Hozon Paper

No.A00198

白鞘  金着二重ハバキ

     売 約 済

刃長 : 74.0cm  (2尺4寸4分半) 反り : 0.6cm  (2分半)

元幅 : 2.9cm 先幅 : 2.0cm 元重 : 0.75cm 先重 : 0.5cm

登録証

大阪府教育委員会

平成20年05月13日

: 肥前国 (佐賀県・長崎県)

時代 : 江戸時代前期 慶安頃 1648-1651年頃

鑑定書

(財)日本美術刀剣保存協会

保存刀剣鑑定書

平成21年05月28日

肥前国住近江大掾藤原忠広

形状

 

刃文

 

帽子

鎬造、庵棟、身幅広め、重ね厚く、反り浅く、中鋒となる。

小板目肌よくつみ、地沸微塵に厚くつき、米糠肌状となり、地景細かによく入り、かね冴える。

丁子乱れ、焼頭が揃いごころとなり、足長く頻りに入り、葉を交え、匂深く、小沸よくつき、総体に砂流し細かにかかり、匂口明るく冴える。

直ぐに小丸にやや深く返る。

磨上げ(約6.0cm)、先切、鑢目切、目釘孔三(第三目釘孔が生ぶ孔)。

説明

 近江大掾忠広は、初代:忠吉の嫡子で、寛永九年父が歿した時は十九歳の青年であったが、同九年から作刀が見られる。これは元来刀匠としての天分と技量を持ち合わせていた事はもちろんであるが、初代:忠広当時の弟子達の協力によって彼を助けたことも大きな力となっている。寛永十八年七月に近江大掾を受領し、元禄六年八十一歳で歿している。この間、作刀歴は六十有余年におよび、肥前刀工中で最も多くの作品を残している。作風は大別して、直刃と丁子乱れの両様があり、いずれも上手である。

 この刀は、小板目肌がよくつみ、地沸が微塵に厚くついて米糠肌状となり、地景が細かに入った鍛えに、刃文は丁子乱れに互の目が交じり、足が長く頻りに入り、葉を交え、匂が深く、小沸がよくつき、総体に砂流しがかかるなどの出来口を見せている。彼の丁子乱れの作例で、丁子の焼頭がほぼ揃った足長丁子を焼いて、匂深となり、小沸がよくつきなど、二代忠広の丁子乱れの典型的な作域をあらわしている。この手の作柄の場合、細かな砂流しが総体によくかかる点も見どころであるが、本作も正にその通りの態をなしている。磨上げながら、2尺4寸4分半(74.0cm)あり手持ちがズシリと重い。元来は2尺6寸(80.0cm)を優に超える豪刀であったことが窺い知れる。地刃が品よくまとまった二代忠広の優品であり、匂口もふくよかで潤いがあり、地刃が明るく冴えわたっている。

備考

新刀 上々作。

大業物。

近江大掾忠広1
近江大掾忠広2
近江大掾忠広3

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