陸奥守忠吉

特別保存刀剣 NBTHK Tokubetsu Hozon Paper

No.F00051

白鞘  銀無垢一重ハバキ

  売約済

刃長 : 50.5cm  (1尺6寸5分) 反り : 2.4cm  (8分)

元幅 : 2.8cm 元重 : 0.7cm

登録証

佐賀県教育委員会

昭和26年03月30日

: 肥前国 (佐賀県・長崎県)

時代 : 江戸時代中期 寛文10年頃 1670年頃

鑑定書

(財)日本美術刀剣保存協会

特別保存刀剣鑑定書

平成15年12月25日

肥前国住陸奥守忠吉

形状

 

 

刃文

 

 

 

帽子

彫物

薙刀造、三ツ棟、身幅広く、寸延びて、重ね厚く、先反り僅かにつき、さまで頭張らず姿がよい。

小板目肌よくつみ、地沸微塵に厚くつき、米糠肌状となり、地景細かに入り、かね冴える。

元に直ぐの焼出しごころがあり、その上は、互の目乱れ、丁子風の刃、角がかった刃・尖りごころの刃・小互の目・矢筈風の刃など多種の刃が交じり、足長くさかんに入り、葉を交え、匂深く、小沸よくつき、総体に砂流しかかり、焼頭に小さな飛焼交じり、匂口明るく冴える。

直ぐに小丸に返り、先さかんに掃きかける。

表裏に薙刀樋と添樋を丸留する。

生ぶ、先刃上がりごころの栗尻、鑢目(上部)勝手上がり、(下部)大筋違、目釘孔一。

説明

陸奥守忠吉は近江大掾忠広の嫡子で、忠吉三代目を継いでいる。忠吉襲名は土佐守忠吉歿後、土佐守家が本家に忠吉銘を返上したためである。万治3年に陸奥大掾を受領、翌寛文元年には陸奥守に転じ、貞享3年、父二代忠広に先立つこと7年、50歳で歿している。作品が比較的少ないのは、作刀期間が割合に短かったことと併せて、父の代作に任じていたためであろう。作風は父よりもむしろ祖父の初代忠吉に近く、直刃を最も得意としており、他に本作に見られるような互の目丁子乱れも上手である。地鉄は初代、二代よりも一段と地景がよく入った強いものとなり、よく錬れて約んだ精良な肌合いを呈し、その非凡な技倆を遺憾なく発揮している。

本作は陸奥守忠吉には珍しい薙刀の作例である。幅広・寸延びで、重ねが厚く、反り浅く、先反りが僅かにつくが、さまで頭が張らず、姿の良い大柄の形状を呈している。刃文は三代忠吉の互の目丁子乱れの作例であり、互の目を主調に丁子風の刃・角がかった刃・尖りごころの刃・小互の目・矢筈風の刃など、多種の刃を交えて焼刃に変化が見られ、しかも乱れに多少の高低が認められ、焼頭に小さな飛焼がかかるなど、同工の互の目丁子乱れの特色がよく表示されている。常々の互の目丁子乱れの作に比して、焼刃が華やかで迫力があり、匂深で、小沸がよくつき、地刃とも明るく冴え、姿と相俟って力強さと覇気が感じられる。銘振りより寛文10年頃に作刀されたものと思量され、三代忠吉の本領が遺憾なく発揮された同作中の優品である。

 

肥前刀工は多作家として広く知られているが、正系各代・傍系を通じて薙刀の作例は少ない。中でも作品の比較的に少ない陸奥守忠吉の薙刀は貴重な一品といえる。本間薫山先生は、その著書「肥前刀大鑑」のなかで、「三代忠吉の薙刀は珍しい。経眼したものは何れも長くて、大振りながら頭が張らず、先反りが僅かについて如何にも姿が良い。鑢目は刀と違い下の方が大筋違いとなる。」と記されている。

なお、陸奥守忠吉の薙刀の作例は他に2例あり、それぞれ18回、19回(肥前刀大鑑所載)の重要刀剣に指定されている。それらと比較すると、刃長・姿形・刃取り・銘振り・鑢目を含む茎仕立てなどが酷似しており、推測の域を出ることはないが、本作を含めたこの三振は同時期に特別な注文により数振りを製作された可能性がある。

備考

新刀 上々作。

最上大業物。

<陸奥守忠吉における類似する薙刀の2作例>

 

薙刀  肥前国陸奥守忠吉 (18回重要刀剣)

長さ:54.2cm 反り:2.8cm 元幅:2.85cm

薙刀  肥前国住陸奥守忠吉 (19回重要刀剣、肥前刀大鑑所載)

長さ:52.2cm 反り:2.2cm 元幅:2.85cm

陸奥守忠吉1
陸奥守忠吉2
陸奥守忠吉3
陸奥守忠吉4
陸奥守忠吉5

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