堀川国廣

第20回重要刀剣 NBTHK Jyuyo Paper No.20

No.F00247

(附) 朱塗鞘天正拵

白鞘  上貝金無垢二重ハバキ

堀川国広とその一門展図録 所載

      参 考 品

刃長 : 70.2cm  (2尺3寸1分) 反り : 1.6cm  (5分)

元幅 : 3.05cm 先幅 : 2.5cm 元重 : 0.75cm 先重 : 0.55cm

登録証

東京都教育委員会

昭和52年09月22日

: 山城国 (京都府-南部)

時代 : 江戸時代初期 慶長8年頃 1603年頃

鑑定書

(公)日本美術刀剣保存協会

重要刀剣指定書

昭和46年06月01日

国広

形状

 

 

刃文

 

 

帽子

鎬造、三ツ棟、身幅広く、元先の幅差あまり目立たず、身幅の割に鎬幅広めとなり、鎬やや高く、踏張りごころがあり、反り浅めにつき、中鋒延びる。

板目に杢交じり、肌立ってザングリとした独特の肌合となり、地沸よくつき、地景細かにさかんに入り、かね黒みをおび、刃区下より斜めに水影が立つ。

焼低く、浅いのたれを主調に小互の目・尖りごころの刃など交じり、僅かに小足入り、沸つき、処々荒めの沸を交え、細かに金筋・砂流しかかり、部分的に湯走り交じり、匂口沈みごころとなる。

直ぐ状に丸く、極く浅く返り、沸づいて先掃きかける。

生ぶ、茎棟を削ぎ、先刃上がり栗尻、鑢目大筋違、目釘孔二中一埋。

 

目貫

朱塗鞘天正拵 総長 : 99.4cm

桐図、丸形、鉄地、地透、金色絵、両櫃孔、無銘

高さ:8.0cm 幅:8.0cm 厚さ:0.5cm

朱鮫着、革巻。長さ:24.5cm

家紋散唐草図、赤銅魚子地、高彫、金銀色絵、無銘

高さ:4.2cm 幅:2.4cm

這龍図、赤銅容彫、金うっとり色絵

枝菊図、赤銅魚子地、高彫、金色絵 縦:21.2cm 横:1.2cm

説明

 堀川国広は、もと九州日向の飫肥の城主であった伊東家に仕えた武士で、同家が没落したのち諸国を遍歴しつつ鍛刀の技術を磨き、その間各地で作刀した。慶長4年以後は、京都一条堀川に定住し、多くの優れた弟子を育て、慶長19年に歿したといわれる。彼の作風は概ね二様に大別され、堀川定住以前の作(天正打)には、末相州や末関風のものが見られ、定住後の作(慶長打)は、それらのものと作風を異にして、相州上工に範をとったと想われるものが多い。

 本作は、幅広にして、元先の幅差があまり目立たず、反り浅めに、中鋒の延びた造込みで、恰も南北朝期の大太刀を大磨上げにした姿であり、慶長新刀の特徴的な姿格好を示している。鍛えは、板目に杢が交じり、肌立ってザングリとした堀川物独特の肌合に、地沸よくつき、地景が細かに入っている。刃文は浅いのたれを主調に小互の目・尖りごころのはなどが交じり、僅かに小足入り、沸がつき、処々荒めの沸を交え、細かに金筋・砂流しがかかるなどの出来口を見せている。

 刃文は焼を低く取って古色の感を醸し出し、浅いのたれを主調に小互の目。尖り刃を交えて処々荒めの沸が交じり、帽子は直ぐ状に、極く浅く返るなどの作柄で、正に志津の特色を顕現している。さらに処々に見せる湯走りも興趣があり、地刃を一段と引き立てている。また刃区下より斜めに水影が立ち、荒めの沸がむらづいて匂幅の変化が見られ、匂口が沈みごころとなるなどの態には、彼の見どころが窺える。国広の本領がよく示された一口で、しかも出来が優れている。銘振りから鑑て、この作の制作年代は慶長8年頃と推せられる。

 附帯する朱塗鞘天正拵は数寄者のもとめにより戦後に制作されたもので塗りは佐藤紫仙によるものという。

備考

新刀 最上作

大業物

堀川国廣1
堀川国廣2
堀川国廣3
堀川国廣4
堀川国廣5

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