大刀剣市 カタログ掲載品
相州行光

第12回特別重要刀剣 NBTHK Tokubetsu Jyuyo No.12

No.F00189

(附) 享保六年代七十枚本阿弥光忠折紙

古鞘 佐藤寒山先生鞘書

白鞘  金着二重ハバキ

     参 考 品

刃長 : 71.3cm  (2尺3寸5分) 反り : 2.0cm  (6分強)

元幅 : 2.9cm 先幅 : 2.1cm 元重 : 0.75cm 先重 : 0.5cm

登録証

東京都教育委員会

昭和31年05月01日

: 相模国 (神奈川県-中・西部)

時代 : 鎌倉時代後期 嘉元頃 1303-1306年頃

鑑定書

(公)日本美術刀剣保存協会

特別重要刀剣指定書

平成04年02月19日

(無銘) 伝行光

形状

刃文

帽子

彫物

鎬造、庵棟、身幅やや広く、中反り浅めにつき、中鋒となる。

小板目肌つみ、地沸厚くつき、地景頻りに入る。

直刃調、浅く湾れて小乱れ・互の目ごころ交じり、足入り、下半に喰違刃を交え、総体によく沸づいて、砂流しかかり、金筋入る。

少しく乱れ、直ぐに小丸。

表裏に棒樋を掻き流す。

大磨上、先極く浅い栗尻、鑢目切り、目釘孔二、無銘。

説明

 相州行光は新藤五国光門下の逸材で、相弟子の正宗・則重と共に相州伝を推進し、その完成に寄与している。彼は古来作域の広い刀工といわれ、在銘は短刀に限られ、それには師国光に直結する直刃や直刃に小乱交じりの刃文を焼いているが、極めものの刃文には湾れを主調とした大模様の乱れや、皆焼ごころのものまである。しかし、それらのいずれにも共通することは新藤五国光から伝承した地景・金筋を一層強調して、美しい沸出来の妙を示している点である。

 この刀は、鍛えがつまってきれいな地がねであり、平肉が豊かで地沸が厚くつき、地景がよく働いている。刃文は一脈大和物にも通じるが、きらめく沸が地刃に一段と強く、鎬筋の狭い造込みにも相州物の見どころを示している。芸州広島藩主浅野家に伝来し、享保6年に本阿弥光忠が代金子七拾枚の折紙を附している。代付けは概ね百枚が最高となっており、それらの多くは国の指定を受けている。光徳に次いで権威ある光忠が、相州物とはいえ70枚の代付けをした本作は破格といえ、流石に抜群の出来映えを示した一振りとなっている。

<浅野長武氏について>

 

東京国立博物館長:浅野長武は昭和44年1月3日心筋梗塞のため東京都世田谷区の自宅で死去した。享年73才。明治28年東京に生まれる。東京帝国大学文学部国史科および同大学院を了え、旧広島藩主第16代当主の侯爵として貴族院議員、帝室制度史編纂、重要美術品等調査委員会会長など数多くの要務要職を経て、昭和26年東京国立博物館長に就任し、フランス美術展、正倉院展、オリンピック東京大会日本古美術展など戦後の美術界に大きな話題を提供した大展覧会を開催し、また法隆寺宝物館、東洋館の建設など大規模な事業を遂行する上で果した熱意と手腕を評価されている。また国際博物館会議日本委員会委員長、国立近代美術館、国立西洋美術館など公私の美術館、博物館の評議員、学会の顧問等を兼ね、美術全集の監修等にもしばしば名を列ねて、戦後美術界に大きな足跡を残した。

 

備考

古刀 最上作。

 

人間国宝(重要無形文化財保持者):藤代松雄先生 最上研磨品。

 

享保六年代七十枚本阿弥光忠折紙

「行光 正真 長サ弐尺参寸五分半 表裏樋磨上無銘也

代金子七拾枚 享保六年丑 極月三日 本阿(花押)」

 

鞘書

「行光 御刀 長弐尺参寸五分半」

「此刀芸州広島旧藩主浅野家重代之1口也 光忠七拾枚折紙有之

昭和丗六年九月十日 重要刀剣指定 昭和辛丑晩秋吉祥日 寒山誌」

 

刀剣類所持許可証

「所有者:浅野長武 管理人:東京帝室博物館 下谷区上野公園

刀 長サ 二尺三寸五分五厘 無銘 伝行光 白鞘 昭和廿一年十月十四日 警視庁」

 

第12回特別重要刀剣指定品(第7回重要刀剣指定品)

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