相州綱広

第35回重要刀剣 NBTHK Jyuyo Paper No.35

No.F00183

白鞘  金着二重ハバキ

      参 考 品

刃長 : 74.3cm  (2尺4寸5分) 反り : 2.0cm  (7分)

元幅 : 2.8cm 先幅 : 2.25cm 元重 : 2.9cm 先重 : 2.2cm

登録証

東京都教育委員会

平成22年09月21日

: 相模国 (神奈川県-中部・西部)

時代 : 室町時代後期 文禄頃 1592-1595年頃

鑑定書

(公)日本美術刀剣保存協会

重要刀剣指定書

平成01年04月14日

相州住綱広

形状

刃文

 

 

帽子

彫物

鎬造、三ツ棟、身幅尋常、重ね厚く、反りつき、中鋒延びる。

板目に、杢交じり、処々柾がかり、地沸つき、地景入る。

元の刃をやや低くし、その上は、互の目に丁子風の刃・矢筈刃・角張る刃など交じり、焼高く複雑に乱れ、処々足・葉入り、匂勝ちに小沸つき、金筋・砂流しかかり、飛焼など交え、皆焼風となる。

乱れ込み、表:小丸ごころ、裏:とがりごころに返り、先掃きかける。

表裏に棒樋を掻き通す。

生ぶ、先栗尻、鑢目切り、目釘孔一。

説明

 室町時代後期に、相州鍛冶の掉尾を飾る刀工に綱広がいる。初代:綱広は広正の子孫で、初めその名跡を継いだが、北条氏綱の招かれ相模国小田原に移住し、「綱」の一字を賜って「綱広」と改名したと伝えられる。通説では、初代を天文頃、2代を天正頃、3代を慶長頃、4代を寛永頃、5代を万治頃として、その名跡は新々刀期まで及んでいる。

 なお、私見では本作は、銘振りより3代の綱広と推察される。三代綱広は、山村宗右衛門尉と称し、相模国鎌倉扇ヶ谷に住す。のちに、陸奥国津軽藩主:津軽為信の招きに応じ、その地へ移り大小300余刀を鍛え、慶長11年、業を終えて帰国する。銘文に「津軽主為信相州綱広 慶長十乙巳八月吉日 三百腰之内」「津軽主為信相州綱広呼下作之 慶長十乙巳八月吉日」などが遺されている。作品は、乱れ刃・皆焼刃が多く、直刃・小乱れ刃もあり、彫技も上手である。寛永15年2月27日に91歳で没す。

 本作は、室町時代後期の製作にもかかわらず、身幅・重ねともにあり、手持ちがズシリと重く、非常に健全となっている。長寸にて、切っ先が大きく延び、反りがついた豪壮なる姿も好ましい。刃紋は、綱広独特の左右にひらいた丁子刃を主調に互の目・角張る刃・矢筈刃などを交え複雑に乱れ、総体に焼きが高く、飛焼を交え、皆焼風の乱れ刃を形成している。焼刃が鎬筋を超えるほどに高く、かつ複雑に乱れているにもかかわらず、一点の破綻もなく綱広の技倆の高さが窺え知れる。銘の位置からも棒樋がオリジナルであることは明かである。なお、本作は、差し込みにて上研磨されており、差し込みというと備前伝の乱出来のものに多いが、美濃物や相州物の乱出来にもよく映える。相州物は作品が少なく、相州綱広が得意とした皆焼刃の作風の優品で、非常に健全にて、華やかな皆焼刃が差し込み研ぎにより一層の迫力あるものとなっている。

備考

末古刀 上作。

相州綱広1
相州綱広2
相州綱広3
相州綱広4
相州綱広5

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