武蔵大掾忠広

特別保存刀剣 NBTHK Tokubetsu Hozon Paper

No. F00026

白鞘 佐藤寒山先生鞘書

金着一重ハバキ

     売 約 済

刃長 : 40.5cm  (1尺3寸3分強) 反り : 1.0cm  (2分半)

元幅 : 3.1cm 先幅 : 2.6cm 元重 : 0.6cm 先重 : 0.5cm

登録証

千葉県教育委員会

平成19年08月14日

: 肥前国 (佐賀県・長崎県)

時代 : 江戸時代初期 寛永6年頃 1629年頃

鑑定書

(財)日本美術刀剣保存協会

特別保存刀剣鑑定書

平成13年06月14日

武蔵大掾藤原忠広

寛永六年八月日

形状

刃文

帽子

彫物

鎬造、幅広にて、重ねやや厚く、寸詰まり、中鋒延びこころのズングリとした体配となる。

板目よくつみ、処々肌立ちごころに、地沸厚くつき、地景入る。

互の目乱れ、丁子交じり、小足入り、匂深く、小沸よくつき、金筋・砂流しかかる。

乱れこんで、小丸。

表裏に棒樋を掻きながす。

説明

 武蔵大掾忠広は、初代忠吉同人で、橋本新左衛門と称した。彼は肥前鍋島藩の抱え工であり、慶長元年、藩命により京の埋忠明寿の門に入って鍛刀の技を学んだ。同三年帰国し、佐賀城下に住して藩の庇護のもとに大いに栄えた。元和十年、再度上洛して武蔵大掾を受領し、名を忠吉から忠広と改め、同時に源姓から藤原姓に替えている。寛永九年八月十五日歿したといわれる。

 初代:忠吉の晩年作で、豪壮な脇指姿に、華やかな乱刃を焼いており、茎の状態も良く、寛永六年紀も貴重である。なお、忠吉の最晩年作は寛永九年二月日(六十一才)の脇指が遺されている。

備考

新刀 最上作。

最上大業物。

武蔵大掾忠広