津田越前守助広

特別保存刀剣 NBTHK Tokubetsu Hozon Paper

No. F00025

白鞘 佐藤寒山先生鞘書 金着二重ハバキ

「助広大鑑」 「越前守助広大鑑」 「日本刀随鑑」

「藤代 新刀集-刃文と銘字」 「日本刀全集」 所載

     参 考 品

刃長 : 74.0cm  (2尺4寸4分) 反り : 1.6cm  (5分半)

元幅 : 2.8cm 先幅 : 1.8cm 元重 : 0.65cm 先重 : 0.5cm

登録証

和歌山県教育委員会

昭和26年05月26日

: 摂津国 (大阪府-北西部・兵庫県-南東部)

時代 : 江戸時代中期 寛文9年 1669年

鑑定書

(公)日本美術刀剣保存協会

特別保存刀剣鑑定書

平成06年07月20日

津田越前守助広

天帝 寛文九年十二月日

形状

 

刃文

 

帽子

身幅尋常にて重ね頃合、やや長寸にて小鋒の優美な刀姿をなす。

小板目よくつみ、地沸細かによくつき、、地沸厚く敷き、地景入り、潤いある精美な肌合いとなる。

中直刃、浅く大きく五つにのたれ、匂深く、小沸よくつき、金筋入り、細かに砂流しかかる。

直ぐに、品良く小丸。

説明

 古来より、「天帝助広」と号のある津田越前守助広の名物の一振である。「天帝」の意味は諸説あり、そのうちの一つに、この助広の作品の美しさを讃えたとの説がある。中国の「詩経」の「君子偕老」の中に、衛の国夫人の美しさを褒め讃えた歌があり、まさにこの作品が「天帝」の号に相応しい出来であるとの説。他に、通常助広に限らず多くの刀工は年号を切る際は二月日、または八月日と切ることが通例であるが、この刀に限って十二月日となっており、この寛文九年十二月がちょうどザビエル来日の二還暦:百二十年にあたり、それを記念して作刀したのではなかろうかとの説。さらに、「天帝」とは日取りのことで天地の主帝神を「天帝」といい、その祭神のひを十二月の庚申のひとしたことによるなど、諸説がある。

 助広の作風は彼の創始した濤欄刃がよく知られており愛刀家の垂涎の的となっているが、一方で、助広は「直刃の名人」としても知られており、浅く大きく五つにのたれた助広特有の直刃はまま経眼され、本作は、その後者である。

 助広が自ら会心の作として、「天帝」の号を銘した本作はさすがに抜群の出来映えであり、その地刃の冴えは他の大阪新刀諸工の井上真改・近江守助直・坂倉言之進照包などでも及ぶところではない。ともあれ、この刀は名物の名にふさわしい東の横綱:長曽弥虎徹興里と並び称される西の横綱:津田越前守助広の優品の一振である。

 余談ながら、助広の名物は本作を入れて現在二振のみ確認されており、もう一振は「村雨」と号のある延宝六年紀の太刀で特別重要刀剣に指定されている。

備考

新刀 最上作。

大業物。

津田越前守助広1
津田越前守助広2
津田越前守助広3

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