月山貞勝

保存刀剣 NBTHK Hozon Paper

No. F00003

白鞘  銀無垢一重祐乗鑢ハバキ

(附) 共箱 - 月山貞勝筆

  売約済

刃長 : 17.0cm  (5寸5分半) 反り : 内反り

元幅 : 2.0cm 元重 : 0.6cm

登録証

東京都教育委員会

昭和31年04月20日

: 大阪府

時代 : 現代 昭和頃

鑑定書

(財)日本美術刀剣保存協会

保存刀剣鑑定書

平成15年08月05日

大阪住月山貞勝(花押)

日本砂鉄以精錬鋼

形状

刃文

帽子

彫物

平造、庵棟、身幅・寸法・重ね頃合で、品の良い短刀姿を呈す。

小板目肌よくつみ、精美にして、地沸つき、地景入る。

中直刃、小足少しく入り、匂主調に小沸つき、細かに砂流しかかる。

直ぐに、大丸ごころに短く返り、先掃きかける。

表:腰樋と添樋を丸留。裏:護摩箸。

生ぶ、先栗尻、鑢目筋違に化粧つく、目釘孔一。

説明

月山貞勝は帝室技芸員:月山貞一(初代)の長男として明治2(1869)年、大阪-槍屋町で生まれた。名を英太郎と言い、幼少の頃より父:貞一につき鍛刀技術を修めた。その技倆は貞一に迫るものがあり、貞一没後は大阪月山家を継ぎ、その門下からは三男の月山貞一、高橋貞次の2人の人間国宝や、多くの良工を輩出し昭和18(1943)年12月24日に74歳で没した。

大正7(1918)年頃までは、父貞一の相槌を勤めていた為に、自身銘の作はほとんど無く、この頃の作としては、僅かに昭和天皇立太子禮御佩刀の直刀が知られている。出羽三山神社蔵の大正10(1921)年紀の脇指は綾杉伝で、これが世にある貞勝の年紀としては最も古いものであろう。

大正10年頃より貞勝は一木喜徳郎宮内大臣の知遇を受け、天皇陛下の大元帥刀や、各宮家や宮内省の御下命を受け賜わり、陸・海軍将官への御下賜刀の製作にあたっている。

貞勝の作風は、綾杉伝の他に、備前伝を得意とし、相州伝にも見るべきものがある。刀は細身で小切先の優美な姿のものが多く、これは前述した、宮内省関係の刀を多く製作していたことと深い関連があると思われる。

 

本刀は、品の良い短刀姿に月山の家伝である「綾杉肌」ではなく、小板目の非常によくつんだ精美な地鉄に直刃を焼いたいわゆる「来国俊」を写した月山貞勝の優品である。

本来、直刃というものは刀工の技倆が最も顕著にあらわれる刃文であり、そういう意味では最も難しい刃文であるが、本作は直刃の中にも細かな働きがあり、実に品が良く、月山貞勝の力量を遺憾なく発揮した一振である。

この短刀は、茎の鑢の一本一本まで実に丁寧に造込まれており、月山貞勝自筆の共箱の題字にも「守護短刀 壱振」とあり護国を願い月山貞勝が入念に作刀したことが分かる。

月山貞勝自筆の共箱も貴重であるといえるが、附属の銀無垢一重祐乗鑢ハバキもこの頃の月山一派の作品に見られるもので製作当時のハバキと思われる。

箱書きにある皇紀2602年は昭和17年にあたり、その頃に制作されたものと思われ、月山貞勝の晩年の作品であることが分かる。

備考

月山貞勝自筆の共箱(二重箱)が附帯している。

「守護短刀 壱振」

「一日本砂鉄鋼業株式会社以精錬鋼長五寸五分謹作

  皇紀二千六百二年五月  大阪住月山貞勝(落款)」

月山貞勝1
月山貞勝2
月山貞勝3
月山貞勝4
月山貞勝5
月山貞勝6
月山貞勝7
月山貞勝8

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