谷川盛吉 堀川国広写し

無鑑査 Mukansa

No.A00495

(附) 亀甲文銀銅蛭巻太刀拵

白鞘  金着一重ハバキ

\ 1,850,000 (税込)

刃長 : 72.7cm  (2尺4寸弱) 反り : 1.6cm  (5分)

元幅 : 3.3cm 先幅 : 2.65cm 元重 : 0.65cm 先重 : 0.5cm

登録証

熊本県教育委員会

昭和62年08月17日

: 熊本県

時代 : 現代 昭和62年 1987年

鑑定書

謹写 日州古屋住国広作

肥州八代住源盛吉謹之作

八十七歳喜山翁好応

(棟に)昭和丁卯八月吉日

形状

刃文

帽子

彫物

鎬造、三ツ棟、身幅広く、重ね厚く、元先の幅差少なく、反り浅くつき、大鋒となる。

板目に杢交じり、処々柾がかり、総体に肌立ちごころに、地沸厚くつき、地景太くよく入り、鉄色黒みがかる。

互の目に丁子風の刃など交じり、焼き高く、華やかに乱れ、足入り、匂深く、小沸よくつき、金筋入り、砂流し幾重にもさかんにかかり、焼頭に小さな飛焼風交える。。

小さく乱れ込み、尖りごころに返り、先掃きかける。

表裏に棒樋を丸留する。

生ぶ、先栗尻、鑢目筋違、目釘孔一。

 

亀甲文銀銅蛭巻太刀拵 総長 : 105.5cm

銀無垢地、金鍍金、伯翁斎章a八十七歳作之

高さ:8.5cm 幅:7.8cm 厚さ:0.65cm

長さ:24.0cm

説明

 谷川盛吉刀匠は、本名を谷川松吉といい大正9年2月24日に生まれ、熊本県八代市において鍛刀を行う。師匠の金剛兵衛一門は代々「盛」の字を用いており、昭和15年、「源」「盛」の二字をもらい源盛吉の刀匠銘を授かる。また、延寿宜繁師の後継であるところから、同16年、延寿宜次の名も授かる。
 昭和9年、金剛兵衛盛高靖博師に入門、昭和27年、講和記念刀を制作する栄誉を受ける。昭和29年7月3日、製作承認を受け、29年に第一回作刀技術発表回に入選、42、43、45年、新作名刀展に入選、昭和60年、無鑑査に認定される。作風は幕末の名工、四谷正宗と詠われた山浦清麿に私淑する。

 本作は、銘振りにもあるように堀川国広の天正年間に製作された作品のなかでも天正16年以前の古屋打を写したもので、昭和の刀剣研究家であった飯村嘉章翁の注文により谷川刀匠製作されている。本歌はおそらく出来や銘振りから彫物は相違するものの数振ある天正14年の作品のいずれかであろうか。彫物が相違するので特定の刀の完全な写しというよりも、堀川国広の天正打ちの作風を谷川刀匠が自らの境地で表現したものといえる。堀川国広の天正打を意識して、刃中には谷川刀匠が得意とした独特の金筋・砂流しが幾重にも入り見事であり迫力に満ちた一振である。

なお、この刀には飯村嘉章翁が自ら製作された見事な太刀拵が附帯している。

 和歌山県にある丹生都比売神社(にふつひめじんじゃ)蔵の平安時代製作といわれる亀甲文銀銅蛭巻太刀拵(国宝)を写したもので、本歌の鞘、及び柄は黒漆塗に全体に幅広の銀銅を蛭巻きしているが、本作は黒漆塗に幅広とやや細めの銀板を、鞘には9回、柄には4回蛭巻きにして仕上げている。柄の俵鋲は本歌と同様に亀甲花菱文繋高彫で仕上げており、鐔は本歌に近く四方猪目透、耳亀甲花菱文毛彫とし、大切羽は本歌は無知であるが、本作は魚子地に唐草文を高彫にしてより豪華に仕上げている。そして、鐔には製作者である飯村嘉章翁の「伯翁斎章a八十七歳作之」と銘がある。

備考

無鑑査

 

古研ぎのため、全体に細かなヒケがあります。

ハバキ元の刃区、棟区、棟に小錆がみられます。

谷川盛吉 堀川国広写し1
谷川盛吉 堀川国広写し2
谷川盛吉 堀川国広写し3
谷川盛吉 堀川国広写し4

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