上林恒平

無鑑査 Mukansa

No.A00439

白鞘  金着二重ハバキ

\ 650,000 (税込)

刃長 : 26.1cm  (8寸6分) 反り : 内反り

元幅 : 2.15cm 元重 : 0.7cm

登録証

山形県教育委員会

平成06年10月25日

: 山県県

時代 : 現代 平成6年 1994年

鑑定書

恒平作 彫宗寿

平成六年秋吉日

形状

刃文

帽子

彫物

平造、三ツ棟、身幅尋常、重ね厚く、内反りつく。

小板目肌よくつみ、処々柾がかり、地沸厚くつき、地景入る。

中直刃、匂本位にわずかに小沸つき、ささやかな砂流しかかる。

直ぐに小丸に返り、先掃きかける。

表に真の倶利伽羅、裏に護摩箸をともに肉彫する。

生ぶ、先栗尻、鑢目逆筋違、目釘孔一。

説明

 上林恒平刀匠は、本名を勇二といい、昭和24年1月12日に山形県鶴岡市(旧:藤島町)に生まれる。昭和42年、鶴岡工業高等学校を卒業後、長野県の重要文化財保持者(人間国宝):宮入昭平刀匠に入門する。昭和48年に文化庁より作刀承認を受け、同年に新作名刀展に初出品して努力賞を受賞する。昭和51年に独立し、高松宮賞2回、文化庁長官賞4回、薫山賞1回、努力賞4回、奨励賞2回など数多く受賞する。昭和54〜60年までの間には、2年連続の高松宮賞を含む、7年連続の特賞受賞という偉業を成し遂げ、昭和60年には36歳の若さで無鑑査に認定される。昭和61年、山形市大字長谷堂に鍛刀場を開設し、多くの名刀を鍛刀するととともに、刀身彫刻の技は柳村仙寿師に学ぶ。平成20年には、山形県指定無形文化財に認定される。作風は、相州伝をもっとも得意とし、志津三郎兼氏に私淑し、よく鍛えられた地鉄に、たおやかな大湾れを焼き、刃沸がよくついた覇気に溢れたものとなる。

 柳村宗寿師は昭和46年1月19日に生まれ、平成元年、父である柳村仙寿氏に弟子入りし彫金の業を学ぶ。新作刀展覧会において、会長賞・優秀賞などを多数受賞する。

 本作は、8寸6分(26.1cm)の品の良い短刀姿に、地鉄は小板目肌がよくつみ、処々柾がかり、地沸厚くつき、地景入るといった精美な肌合いとなる。刃文は、中直刃、匂本位にわずかに小沸つき、ささやかな砂流しかかり、帽子は、品よく小丸に返る。彫物は、柳村宗寿師の手によるもので真の倶利伽羅を細緻に肉彫し、刀身の静謐な雰囲気とよく調和している。剣巻龍は体躯が風に孕んだ帆のようになる備前物にまま見受けられる孕み龍となっており、就中、備前景光を写した作品と推察される。

備考

無鑑査

 

刀身に細かなヒケがいくつかみられます。

上林恒平1
上林恒平2
上林恒平3
上林恒平4