月山貞勝

保存刀剣 NBTHK Hozon Paper

No.A00432

白鞘  銀無垢祐乗鑢ハバキ

      売 約 済

刃長 : 67.8cm  (2尺2寸4分半) 反り : 2.2cm  (7分)

元幅 : 2.9cm 元重 : 0.7cm

登録証

東京都教育委員会

昭和58年04月14日

: 奈良県

時代 : 現代 昭和14年 1939年 皇紀2599年

鑑定書

(財)日本美術刀剣保存協会

保存刀剣鑑定書

平成27年07月14日

昭和十二二年十月吉日 月山貞勝謹作(花押)

官幣大社生國魂神社北向八幡宮御太刀三振謹作奉納一振内一振

形状

 

 

刃文

 

帽子

彫物

鎬造、庵棟、身幅尋常、重ねやや厚め、切先部が両刃状となり、反りつき、小烏丸造となる。

杢目を交互に交え、綾杉状となり、やや肌立ちごころに、地沸つき、地景入り、鉄色黒みがかる。

中直刃、わずかに小足入り、匂勝ちに小沸つき、砂流しかかり、打ちのけ・湯走りなど交える。

直ぐに小丸に返り、先掃きかける。

表裏に棒樋に添樋を丸留する。

生ぶ、先栗尻、鑢目筋違に化粧つく、目釘孔一。

説明

 月山貞勝は帝室技芸員:月山貞一(初代)の長男として明治2(1869)年、大阪-槍屋町で生まれた。名を英太郎と言い、幼少の頃より父:貞一につき鍛刀技術を修めた。その技倆は貞一に迫るものがあり、貞一没後は大阪月山家を継ぎ、その門下からは三男の月山貞一、高橋貞次の2人の人間国宝や、多くの良工を輩出し昭和18(1943)年12月24日に74歳で没した。大正7(1918)年頃までは、父貞一の相槌を勤めていた為に、自身銘の作はほとんど無く、この頃の作としては、僅かに昭和天皇立太子禮御佩刀の直刀が知られている。出羽三山神社蔵の大正10(1921)年紀の脇指は綾杉伝で、これが世にある貞勝の年紀としては最も古いものであろう。大正10年頃より貞勝は一木喜徳郎宮内大臣の知遇を受け、天皇陛下の大元帥刀や、各宮家や宮内省の御下命を受け賜わり、陸・海軍将官への御下賜刀の製作にあたっている。 貞勝の作風は、綾杉伝の他に、備前伝を得意とし、相州伝にも見るべきものがある。刀は細身で小切先の優美な姿のものが多く、これは前述した、宮内省関係の刀を多く製作していたことと深い関連があると思われる。

 平家重代の名物:小烏丸は、生ぶ無銘ながら、古来、大和国天国の作と伝えて著名である。その造込みに特徴があって、切先部が両刃状となり、反りのある太刀で、この種のものに小烏丸造の呼称がある。本作は、月山貞勝刀匠が同国大和の伝説的な刀匠である天国作と伝える名物:小烏丸を写したものとなる。地鉄は、杢目を交互に交えた、月山のお家芸ともいえる綾杉状となり、やや肌立ちごころに、地沸つき、地景入り、鉄色黒みがかる。刃文は、中直刃、わずかに小足入り、匂勝ちに小沸つき、砂流しかかり、打ちのけ・湯走りなど交える。

 銘文に記された内容によれば、本刀は生國魂神社(大阪市天王寺区)の北向八幡宮に奉納されたものという。その際、月山貞勝は3振を謹作して最も出来の優れた本刀を1振奉納したのであろう。奉納刀の影打ちはまま経眼するが、奉納刀そのものというのは極めて珍しい。生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)は、大阪市天王寺区にある。式内社で、旧社格は官幣大社で、難波大社(なにわのおおやしろ)ともいう。地元では生玉(いくたま)さんの通称で親しまれている。昭和20年(1945)3月の第1回大阪大空襲により社殿が焼失しているので、本刀はその前に難を逃れるために移されていたと推察される。奉納されていた北向(きたむき)八幡宮は城方向八幡宮とも書き、大坂城の鬼門鎮護の社で大坂城の方を向いて北向きに建てられている。大坂城、ひいては大坂の都市全域の鎮護を祈って奉納されていたのであろう。

備考

古研ぎのため、処々に薄錆とヒケがみられます。

月山貞勝
月山貞勝

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