鈴木正雄

特別保存刀剣 NBTHK Tokubetsu Hozon Paper

No.A00410

白鞘  金着一重ハバキ

新々刀大鑑 所載

     売 約 済

刃長 : 70.0cm  (2尺3寸1分弱) 反り : 1.4cm  (4分)

元幅 : 3.0cm 先幅 : 2.2cm 元重 : 0.75cm 先重 : 0.6cm

登録証

北海道教育委員会

昭和29年05月06日

: 武蔵国 (東京都・埼玉県・神奈川-東部)

時代 : 江戸時代後期 文久3年 1863年

鑑定書

(財)日本美術刀剣保存協会

特別保存刀剣鑑定書

平成17年04月80日

武蔵剣工源正雄 文久三年歳次癸亥三月

蝦夷の南海宇賀浦乃砂鉄を以て武蔵国江戸に於て造りむさし野と名付

形状

 

刃文

 

帽子

彫物

 

 

 

鎬造、丸棟、身幅やや広めに、重ねやや厚く、元先の幅差あり開かず、反り浅く、中鋒延びごことなる。

板目肌、総体に流れて、細かに地沸つき、地景入り、強靱は肌合いとなる。

互の目に丁子交じり、足よく入り、小沸出来にて、清麿一派独特の刃中に金筋・砂流しかかり盛んに働く。

乱れ込み、先やや尖り心に返り掃きかける。

表:ハバキ元、岩上に箒を持った拾得が寒山を背負い、共に天空を仰ぎ寒山は真上の夜空に向かって指を指している。指先の力強い棒樋は無限である。裏:ハバキ元には磯に激しく逆巻く立浪をその上のはるか上空には三日月を小さく彫り、より広い無限の空間を感じさせる。

生ぶ、先栗尻、鑢目筋違、目釘孔一。

説明

鈴木正雄は、源清麿の弟子で、鈴木次郎と称し、本国は美濃という。そして、「正雄」と銘しているところから、師の「正行」と銘しているところから、師の「正行」時代からの弟子であったろうことが推測され、一門中の古参者と思われる。嘉永6年頃には自立して、江戸下谷御徒町に居住したと伝えている。作域は師風を継いでいるが、互の目の腰が低いところに特色があり、銘は達者な草書体である。安政5年から万延元年の三年間は、北海道函館に出向き、かの地の砂鉄を以って製作している。これは、時期的にも北辺の守りが必要といわれ、幕府がその防備に努めていた時に符合する。正雄の歿年は不明であるが、慶応元年8月頃までの作刀が違存する。

 彫物には様々あり、本作に類した指月布袋などは堀川国広らにみられ有名であるが、この種のものは極めて珍しい。元来、清麿一門にあって栗原信秀には彫物がみられるが他の刀工にはあまりみられない。正雄も同様であり密な彫は皆無であって、この彫物も正雄の手によるものではないことは明かである。。新々刀大鑑によれば、この彫は笠間一貫斎繁継で、服部雅永氏と書かれている。笠間一貫斎繁継押形集には所載されていないが、当時、これだけの彫物を施せるのは笠間一貫斎繁継のみであり、見事な彫物であり、夢があり楽しめる。

また、茎の銘振りが誠に貴重であり、正雄は安政5年から北辺防備のために北海道函館にあり、同地でおいて数多くの函館打を遺している。この刀は、蝦夷地:函館の裏賀の砂鉄を江戸に持ち帰り、その砂鉄を用いて鍛刀し、加えて「むさし野」と名付けた名刀であることが、茎の銘より窺い知ることが出来る。文久三年の製作年紀とともに「武蔵剣工」銘も貴重である。

佐藤寒山先生のごく初期の昭和31年の鞘書に「函館打也此銘世稀而資料的価値亦高矣」と誌されている。

備考

新々刀 上作

佐藤寒山先生鞘書

「鈴木正雄作 函館打也此銘世稀而資料的価値亦高矣 昭和丗一年初夏日 寒山誌」

鈴木正雄1
鈴木正雄2
鈴木正雄3
鈴木正雄4
鈴木正雄5

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