岩井信連

保存刀剣 NBTHK Hozon Paper

No.A00365

白鞘  銀無垢一重ハバキ

      売 約 済

刃長 : 48.4cm  (1尺6寸弱) 反り : 1.0cm  (3分)

元幅 : 3.3cm 元重 : 0.55cm

登録証

徳島県教育委員会

昭和23年06月15日

: 摂津国 (大阪府-北西部・兵庫県-南東部)

時代 : 江戸時代後期 文久3年 1863年

鑑定書

(財)日本美術刀剣保存協会

保存刀剣鑑定書

平成25年01月29日

岩井信連作

文久三年八月日

形状

 

刃文

 

帽子

菖蒲造、庵棟、身幅広め、重ね尋常に、鎬幅こころもち狭く、鎬筋を高くし、浅く、反りつき、ふくら辺かれごころ。

板目、総体に柾がかり、肌立ちごころに、地沸つき、地景入る。

直刃調、わずかにのたれごころを帯び、小互の目連れて交じり、足入り、匂本位に、小沸つき、ささやかな砂流しかかり、ハバキの元に小さな飛焼を交える。

のたれ込み小丸に返り、先掃きかける。

生ぶ、先栗尻、鑢目勝手下がり、目釘孔一。

説明

 岩井信連は、名を歓司といい栗原信秀の数少ない弟子の一人で、高い技量を持った刀工であったが一般に作品が少ないのは、多く師の手伝いに任じていたためであろう。製作年紀は文久3年春に始まり、慶応4年の作が確認されており、明治年紀のものは未見であるが、おそらく存在するものと推察される。信連の出身は不明であるが大坂に縁故があったと思われ、栗原信秀が元治元年8月頃、幕命により大坂に移った折にも、信連が同行しそのまま大坂にとどまっている。

 この脇指は、菖蒲造の姿形に、鎬幅が心持ちに狭くなり、鎬筋が高く、棟にかけて肉を落とし、また、ふくら辺がやや枯れた鋭いものとなり、山浦一門の清麿、栗原信秀にもよく見受けられる姿をしめしている。地鉄は、幾分に整わない感があり、特に鎬地の柾割れは惜しまれる。刃文は、直刃基調に、浅くのたれごころを帯び、小互の目を連れて交え、足よく入り、細かな砂流しがかかっている。おそらくは、岩井信連の初期作と推察され、師の栗原信秀を彷彿させる真面目な一振りとなっている。

備考

新々刀 中上作。

 

鎬地の指表全体、指裏下部に柾割れがみられます。

岩井信連1
岩井信連2
岩井信連3
岩井信連4

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