元興入道松軒

保存刀剣 NBTHK Hozon Paper

No.A00349

(附) 茶石目地塗鞘脇指拵

白鞘  金着一重ハバキ

     売 約 済

刃長 : 41.0cm  (1尺3寸5分) 反り : 1.0cm  (3分)

元幅 : 2.85cm 先幅 : 2.0cm 元重 : 1.7cm 先重 : 0.55cm

登録証

東京都教育委員会

昭和55年01月17日

:岩代国 (福島県-西部)

時代 : 江戸時代後期 文久2年 1862年

鑑定書

(財)日本美術刀剣保存協会

保存刀剣鑑定書

平成25年01月29日

元興入道松軒造之

万延二年二月日

形状

刃文

 

帽子

鎬造、庵棟、身幅尋常、重ね厚めに、反りつき、中鋒となる。

柾目肌よくつみ、地沸厚くつき、処々沸づき、地景入る。

のたれ主調に互の目・小互の目を連れて焼き、足よく入り、匂深く、沸よくつき、金筋入り、砂流しさかんにかかる。

直ぐ調に小丸に返り、先掃きかける。

生ぶ、先栗尻、鑢目大筋違に化粧つく、目釘孔一。

 

縁頭

 

目貫

小柄

茶石目地塗鞘脇指拵 総長 : 62.4cm

木瓜形、素銅磨地、赤銅縄目覆輪、両櫃孔、無銘

高さ:7.0cm 幅:6.4cm 厚さ:0.5cm

白鮫着、皮柄巻。長さ:14.2cm

桜花散図、赤銅磨地、金平象嵌、無銘

高さ:3.85cm 幅:2.2cm

笛に馬具図、赤銅容彫、金色絵

布袋留守模様図(裏に「万寿無疆(長生きの意)」の文字がある)、素銅磨地、毛彫、筑坐軒刻(花押) 縦:9.8cm 横:1.4cm

説明

 松軒元興は、角大八元興の孫にあたり、角大助と称す。父:角大治秀国は26歳で早世の為、祖父の銘を襲う。作刀の技術は初め、道辰ら会津刀工から学んだものと思われ、また、安政4年、会津藩松平家からの預かり弟子として七代:石堂運寿是一に入門する。是一との合作もみられる。安政6年、入道して「松軒」と号す。慶応2年7月、「大和守」を受領、同時に名を父祖と同じく「秀国」と改める。明治24年3月、80歳にて没す。松軒元興は名工揃いの会津刀工のなかでも特に上手として知られ、異彩を放っている。

 幕末の動乱の中、会津藩主:松平容保公が京都守護職に就任し、会津藩兵を率いて京都の治安回復のため上洛する。松軒元興も会津十一代和泉守兼定らと同じく上洛し、京都にて多くの会津藩士や新選組隊士の帯刀を作刀した京打ちがみられる。新選組の局長:近藤勇、副長:土方歳三の佩刀のなかにも「大和守秀国」銘の刀があったと伝えられる。

 この脇指は、地鉄は、柾目肌がよくつみ、地沸が強く厚くつく。刃文は、互の目・小互の目を連れて焼き、足入り、沸が厚くつき、総じて沸が強く、刃中一面が沸えて、金筋入り、砂流しが幾重にもかかるなどの優れた出来映えを示す。師:石堂運寿是一を彷彿とさせるよく沸づいた丁字乱れには破綻が無く、松軒元興の高さを窺い知れる。棟には、5〜6ヶ所に刃を受けた痕がありそのうち、上部の1つ指裏の鎬地にまでかかり、当時、実際に使用されたものであることがわかる。おそらくは、会津藩士がお国ものの松軒元興を所持していたものであろうか。附帯する肥後風の茶石目地塗鞘脇指拵はお数寄者が最近に制作したものとなっている。

備考

新々刀 中上作。

 

棟の5〜6ヶ所に刃を受けた痕があります。そのうち、上部の1つ鎬地にまでかかります。

元興入道松軒1
元興入道松軒2
元興入道松軒3
元興入道松軒4
元興入道松軒5
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元興入道松軒7
元興入道松軒8
元興入道松軒9
元興入道松軒10

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