大野義光

無鑑査 Mukansa

No.A00326

白鞘  銀無垢一重太刀ハバキ

     売 約 済

刃長 : 67.2cm  (2尺2寸1分半) 反り : 3.0cm  (9分半)

元幅 : 3.5cm 先幅 : 2.6cm 元重 : 0.7cm 先重 : 0.5cm

登録証

東京教育委員会

平成17年02月08日

: 東京都

時代 : 現代 平成17年 2005年

鑑定書

於備前国義光作之

平成十七年正月日

形状

 

刃文

 

帽子

彫物

鎬造、丸棟、身幅広く、重ね厚く、平肉つき、腰反り深く、元に踏ん張りごころあり、中鋒つまりごころ猪首風となる。

板目、処々流れごころに、地沸つき、地景入り、白け映り立つ。

中直刃、小足入り、匂本位に小沸つき、元の刃縁に肌がからみて、金筋・砂流しかかり、刃中よく働いている。

直ぐにやや尖りこころに小丸に返り、総体に掃きかける。

表裏に幅広の棒樋を掻き流し、佩表の腰元に腰樋を掻き流す。

生ぶ、先浅い栗尻、鑢目勝手下がり、、目釘孔二。

説明

 大野義光刀匠は、昭和23年10月16日に新潟県西蒲原郡に生まれ、本名を吉川三男という。日本大学農獣医学部に入学し、学生時代より日本刀に興味を持ち、昭和44年に、吉原義人・吉原荘二刀匠らの鍛錬所で日本刀の製作の道に入る。昭和55年、文化庁より「美術刀剣類製作承認」を受け、刀匠となり、同年、新作名刀展に初出品する。昭和51年、新潟県黒崎町に鍛錬所を設けて独立する。昭和57年より62年まで、高松宮賞、文化庁長官賞の特賞を6回連続受賞し、昭和62年に無鑑査認定となる。昭和59年、伊勢神宮第61回式年遷宮の御神刀を謹作する。作風は、備前伝を得意とし、「大野丁子」と呼称される華やかな重花丁子乱れを焼く。就中、上杉家に伝来した名物「山鳥毛」(国宝)を写したものは国内外で高い評価を得ている。

 大野刀匠が「ソハヤノツルギ」を模作した一振にて、本歌をよく写している。「ソハヤノツルギ」とは三池典太光代の作と伝え、節刀としても有名で、徳川家康の愛刀として広く知られている。家康が臨終に際し、不穏な西国の方角に、その切先を向けて置くように遺言したと伝えられ、そして、亡き後は久能山に安置するようと命じたという。 現在も、久能山東照宮では御神体同然に扱われ、「妙純伝持ソハヤノツルギ ウツスナリ」と銘があり、重要文化財の指定を受けている。本歌と寸法、反りなどほぼ同じくして、幅広にて、重ね厚く、かつ猪首鋒にて豪壮であり、加えて独特の幅の広い太樋を表裏に掻き流し、佩表には、腰樋を添えている。蓋し、本歌は表裏にやや太めの添樋となる。茎の形状は、本歌が雉子股形であるのに対して、オーソドックスな形となり、本歌と同じく目釘孔は二ヶとなる。大野刀匠は華やかな重花丁子を得意としているが、直刃は作品が多くない。美しい太刀姿には、踏ん張りが感ぜられ、よく観察すると平肉が豊かについているなど技倆の高さが窺われる。よくつんだ地鉄には、淡く映りが立ち、静謐な直刃には細かな刃中の働きが看取される。本歌とは添樋と茎尻がわずかに相違するも、同氏のアレンジによるものと思われ、ソハヤノツルギを見事に再現した一振となっている。

備考

無鑑査。

ソハヤノツルギ1
ソハヤノツルギ2
ソハヤノツルギ3
ソハヤノツルギ4
ソハヤノツルギ5
ソハヤノツルギ6
ソハヤノツルギ7

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