-喘喜堂(柴田光男先生)筆-

 

 長らく株式会社刀剣柴田に勤務された冥賀吉也さんが、この九月末日をもって独立され、円満退社をすることになった。まことに早いもので、その歳月十年を数えるという。主に大丸東京店「刀剣承り所」を荒木先生と二人で長く受け持っていただき、その努力と人柄で大きくお力尽くしをいただいたことはまことに有難く、改めて厚く御礼申し上げる次第である。

 昨年惜しくも亡くなられたご尊父、冥賀富吉氏は私と藤代同門の関係にあり、何かと目をかけていただき、ご支援をいただいた。その父上から頼まれてお預かりしたわけであるが、立派に一人前以上の刀剣商として成長され、今ここに大きな希望をもって独立をされるわけであり、地下のご尊父も心からお喜びのことであろうと思う。

 冥賀吉也氏は現在、三十二歳、栃木県佐野市の出身で、國學院大學在学中に刀剣の道を故:佐藤寒山先生に学ばれた。昭和四十五年、卒業と同時に株式会社刀剣柴田に入社されたわけである。その後、刀剣販売、その他工作、鑑定の道に人一倍努力をされて現在の刀剣柴田の隆盛を強力に支えていただいたことは本当に感謝に堪えぬ次第である。惜しみても余りあることながら、まじめな、ご尊父の遺志を継いで、さらに、力を蓄え、この刀剣商界に大きくはばたいていただきたいものである。

 昭和四十四年、懐かしい神田駿河台店開設のおり、お祝いとして故:佐藤寒山先生から刀剣柴田に「つるぎの屋」という屋号を頂戴した。これは、幕末に正三位有功卿が京都の著名刀剣商岸本氏のために「草薙の屋」という屋号を贈られた故事にもとづいたものである。この屋号を現在まで大切に保存しておったわけであるが、ここに「つるぎの屋」分店第一号として、つたない筆ながら喘喜堂主人が心をこめて書きあげ、一枚の額を贈呈させていただいた。 感謝と今後のご発展ご多幸を心から念じつつ、ここに独立の祝辞としたい。今後弊店同様のご愛顧を全国の皆々様にお願い申し上げ、ご挨拶にかえさせていただきます。

                                                                                      柴田光男

 

月刊誌「麗」 昭和55年(1980) 10月号より

 

 

 

 

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